〈あとがきに代えて〉

 『ケア・レポート』のつもりで書き始めたのですが、ケアの所までいかないうちに12月になっていました。年内にレポートはとても完成しそうもないので、来年、又続きを書くつもりです。

 '92年末からほぼ2年間いろいろあって、1年前、ここ小樽に定住のマンションを買いました。せっかく東京でいい病院に出会い、離れたくなかったのですが、3LDK、6〜7千万もする東京周辺では、定住の家を見つけることはできませんでした。ここは、雑木林の中にマンションが建っているような所で、自然の中に住んでいる感じです。最初に私の胸のアタックを相談した女医のMに、とりあえず彼女の主治医になってもらい、今後のケアを手探りしています。札幌から少し距離のあるこの小樽に、主治医をはじめ教え子や知人達がよく訪ねてくれて、やはり皆に支えられて生きていると実感しています。

 和子はこの11月に59歳になりました。精神的には安定していて、笑顔の毎日を送っていますが、症状は進んで、自分の身の回りのこともほとんどできなくなりました。1年住んだマンションで、「トイレ、どこだっけ」と言って探したりする様になりました。しかし、1日1回、2時間ぐらいはピアノの前に座ってモーツァルトやバッハを弾きますし(もともと声楽出身で、ピアノは得手ではないのですが)、あとは私と一緒にFMを聴いたり、クラシックの音楽ビデオを見たり、美術番組を見たりの毎日です。ドキュメント番組も見ますが、ほとんど音楽ばかりの毎日です。天気がよければ、1時間ぐらいの散歩もします。山岳部の教え子Kから、「記憶を失うって、どんなに不安なことでしょうね」と言われたのを肝に銘じて、彼女に不安を与えないようにと心掛けています。

                          1995年12月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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